デジタルヘルス解説集 東京慈恵会医科大学 先端技術情報研究部

2022/01/14 「デジタル医療」の日本における評価基準についてと、アウトカムを示す海外事例

東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究部 高尾洋之

現在日本では、デジタル技術(アプリ)を活用した医療が示したアウトカムについて、ほとんど事例がないに等しい。現時点(2021年12月)では保険収載されたアルムの「Join」とCureAppの「CureApp SC」のみであり、その後も続々と続くといった状況ではない。その要因は至極単純で、薬機法を改正したものの、プログラム単体の医療機器を想定した承認プロセスや保険収載に関する評価基準が整備途中だからである。規制改革推進会議は、今後の医療データの規格統一も含め早急な整備を求めているところで、厚生労働省としても新年度をめどにさらに進めていく姿勢を示している(※1)。こうした体制整備がなされれば、マーケット規模に応じさまざまなプレイヤーが参入してくるものと想定できるが、その恩恵を受け様相が変わってくるには数年の時間を要することだろう(※2)

そこで今回のコラムでは、本邦での事例ではなく、諸外国の事例のひとつ、アメリカはニューヨーク市の事例を紹介したい。諸外国の関連事例を見ると、実は医療/ヘルスケアデータの電子化は多くの国でかなり進んでいるものの、その電子化がもたらした医療の質、つまりアウトカムの改善について、はっきりと示せた事例は多くない。今回紹介する同市の事例は、政府や自治体を含めたステークホルダーがどのように取り組むかという点も含め、大変示唆に富むものである。

ニューヨーク市全体で取り組んだプロジェクト「PCIP」

PCIPとは「Primary Care Information Project」の略で、当時のブルームバーグ市長のもとトーマス・フリーデン博士(当時ニューヨーク市保健精神衛生局長、元CDC所長)が強力に推し進めたプロジェクトである。クラウドを活用し医療データのネットワークを市内に展開、このことで様々な局面での効率化、省力化を図ることを目的とした。具体的には、以下の機能強化をクラウドベースとすることにより実現し、その効果を計測したもの。

1:健診のあとの外来予約を自動にするなどの予約管理強化
2:外来患者来院通知によるヌケモレのない事前問診
3:電子化された既往歴や服薬歴から処方薬の副作用リスク把握、防止
4:検査結果の迅速な共有
5:電子処方箋の徹底活用

対象はプログラム開始当時の市内300万人の患者(医療保険に入っていない貧困層)という非常に大規模なもので、市内のクリニックの電子化や、患者が自らの医療情報へWeb上で簡単にアクセスできるソリューションも含んでいる。このプロジェクトを推し進めた結果、以下のような多くのアウトカム改善を実現した。

1:約10万人の高血圧患者の血圧改善
2:約8万人の糖尿病患者に対する経過観察プログラムの改善
3:喫煙者を約6万人減少
4:プロジェクト全体で1億ドル以上の医療費削減(患者1人あたり年間50ドル)
5:軽犯罪者に対する刑務所でのHIV検査の効率化で年間2億6000万ドル強の費用削減

※上記の機能各号とアウトカム改善の各号は符合していない、全体としての効果

このプロジェクトの成功要因の一つは、医療データをクラウド上に蓄積するようにしただけではなく、必要な医療データに遅滞なくアクセスできるようにするため、ニューヨーク市自身がデータセンターを構築したことである。このプロジェクトの目的が市内の貧困層にかかる医療費の削減であったこともその理由だが、市自身がプログラムを支援するだけでなく運営者として、またデータコントローラーとして参加したことで、理念においても実務においても、関係者の理解を得られやすかったのは明らかだろう。

なお残念ながらこのプロジェクトは、当時プロジェクトを推進した市の部局自体はあるものの、現在では積極的な予算措置はなされていないようである(※3)。目的のひとつが市内の貧困層を診療するクリニックに電子カルテの導入を支援することでもあったため、導入支援費用を含めた初期の予算が終了後は、運用フェーズに移行したということのようだ。ただ2018年には新たに導入支援を求めるクリニックを募集しており、継続的にプライマリケアの現場にICTを組み込むという市の姿勢は維持されている(※4)。

本邦においても、好事例を共有するだけではなく自ら作り出す取り組みが、デジタル技術の活用例蓄積において求められるのではないだろうか。

※1
12月の会合では専門委員から、プログラム医療機器そのものに対するアウトカム評価を導入すること、一部の医療機器機プログラムを特定臨床研究法の対象から外すことを求める意見が出されている。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/iryou/211206/211206iryou_ref02.pdf

また、別の委員からの質問に対し、厚生労働省は「HL7 FHIRを厚生労働省標準化規格として採用」すると回答している。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/iryou/211206/211206iryou_ref01.pdf

※2
なお「Join」の示す医療における価値について、筆者も本年論文にまとめた。関連する論文も本サイトにて紹介している。
https://digital-healthcare.jp/studies/

※3
Medical Informatics: An Executive Primer 2nd Edition by Ong, Ken, Ed. (2011) の記述による

※4
https://nycreach.org/2018/02/02/now-open-the-primary-care-information-projects-2018-physician-advisory-council-application/